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安定など捨て去ってしまえ


 我々の記憶は長期記憶と短期記憶に分かれているという話は有名である。「呪文・じゅもん・呪文」という本にこんな話が紹介されている。村の中に神通力を持った老婆がいた。如何なる病気も呪文で癒すことが出来たといわれている。この噂を聞きつけて調査の為に都より1人の僧が村に出向いた。老婆と接触した僧は早速如何なる呪文なのか伺った。すると老婆はある高名な修験者より呪文を教わったという。「粟麦大豆遍照金剛」だという僧は一笑しそれは「南無大師遍照金剛」の聞き間違いだと諭す。それ以来老婆の神通力は消えた。
老婆が個人主義魔術効果だと思い込む方いるかもしれないが、僕が言いたいのはそのようなご都合主義の話ではない。
 教育心理学の用語に「ピグマリオ効果」というものがある。私が騎士団の従士を教えるとき最も避けて通る効果(他の騎士の事は知らない。私は自分の流派の信念から避けているだけの事)でありこれは、生徒が先生の期待に答え様として努力し好成績をもたらす故に教師は生徒を褒めちぎる。先ほどの老婆と僧の話はピグマリオ効果の逆の原理とよく似たことが働いたしか過ぎない。またもや心理学用語を引っ張り出すとプラシシボー効果である。大半の魔術師のその御業は、ピグマリオ効果+プラシボー効果であるといえよう。この辺りを詳しく表現したDVDがワイヤーインザブラッドの最終巻から1個前である。事件を調査する警察全員にニューオリンズチックなブードゥーの呪いが降りかかる。プロファイラーの教授は絶対プラシボーにはかからないという生徒を他生徒の前で金縛りをかける。何故暗示が効果的にかかるのか?暗示にかからないには?犯人は誰かという話は本題から外れるので興味のある方はご覧になるといい。自分で言うのもなんだが私は偽薬にも暗示にも無縁である。
 「己を律する者のみを助ける」という騎士団の理念は戒律ではなく自己認識の甘さとエゴにべったり甘えている者には無縁であるという表明でしかない。例えばその魔術の目的が対象者の死。であったとする。執行者の魔術師は攻撃魔術の中でも最も重たく冷たい鉛の呪文を投げた。数ヵ月後、相手がドアに指を挟んで骨折した。100人中99人の混沌魔術師は記録に成功とか、或いはあと少しだったと、魔術の成功をほのめかす記録を書くが私から見ればただの失敗でしかなく「おしいい!」と賞賛すべきことではない。もしもこの様な見方しか出来ないならば、その魔術師はプラシボー効果を魔術と呼び自慢しているだけであり、逆に暗示がかかりやすいので、仮に私が「そこから飛び降りなさい」と暗示をかけたならば東京タワーだろうが飛行機の中だろうが飛び降りる事は避けられない。勿論、私としてはプラシボリアンな魔術師を抹殺する時間も興味も無いし今更プラシボリアンを指導する力も残ってない。
常に自分の行いに冷静であり決して感情的に激しくない者はこのようなプラシボー魔術とは無縁である。365個呪文を投げてみればうちいくつが成功でうちいくつが失敗なのか、如何に自分がプラシボーに影響されやすいか理解できるだろう。これらの話とよく似たことになるので謹んで書かせていただくが、
私の受け継ぐ流派には「正読正唱」という言葉がある。意味はそのまま、正しく読み正しく唱えるである。これはとても難しい。特に電子掲示板に依存する魔術師には無理である。例えば「ザザスザザスナサタナタザザス」これを何故かザザートザザート・・・。やザーザース・・やザザース・・・と勝手に読み方を変更してしまう人がいる。ZaZathならザザス。Zazasならザザズ。と英語では発音する。ザザートならZazaRThoだ。正しくも読めていない、正しくも唱えられない。GOETIAはゲーティアではなくゴーシュだ。と述べているのに未だにゲーティアという。これも同じことだ。指摘されても直せない、という魔術師は混沌魔術向きでなく、どちらかといえば宗教団体に加入した方が良い。理由はその魔術師の自我はただ固く了見は狭い。混沌魔術師は柔軟であり如何なる事にも変化できなければ何が、偉大な魔力の主だろうか?
もし世界の真夏期間、正午は31℃で夜半は27℃と普遍的に変わらなければ天候を変化させる魔術は実行できない。何回も事あることに述べているが、一定昇給型の御仕事をしている方に富の魔術は大きな効果をもたらさない。ギャンブルに当たりますという魔術をかけるなら、その人自体の経済はあるか、ないかでなければ不可能である。富の魔術が難しいのは一定昇給型のいわば変化が少ししかないところに御金ほしいぞ、というあまりにも大きな欲望を振りかけて変化が起きもしない宇宙に負担をかけているだけ。事例を出してほんとに申し訳ないが私の徒弟の1名はこれに気がついたので、1ヶ月で98万9千円という手取りを保つ。勿論徒弟にとって富の魔術の実行で1ヶ月300万以上も可能だろうしもしかしたら1ヶ月で1千万も可能だろう。しかしもし彼が一定昇給型の職をしているならば無理だっただろう。
すごい!と思うならば皆、仕事などやめて自分の機知で生きていけばよい。あるかないか?の瀬戸際の中で生命の中に眠る魔術的な能力を振り絞れば生きてはいける。勿論皆さんは私の徒弟でもなんでもない。従ってどうすれば己の魔術の向上となるのか?それは常に自分をラジカルにアウェイな状況におくことで普段していないだろうことをし続けることである。ホームポジションなど捨てて生きることが混沌魔術師には必要なことである。しかしこれはどの混沌魔術師の達人も言う。
「人生の楽チンソファーに座る事は混沌魔術師にとって致命傷である、何故なら人生に安楽椅子など用意されていない。」


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