混沌の騎士団

プレイカオス Vol 16:{ケイオロジ―}パーソナルユニバース

印形魔術、いわゆるシジルマジックについて偏りすぎた情報がある。これについて真面目な実践者は常にはっきり書いている。結果の書しかり魔術の劇場しかしZosは語る。しかり何でも。最もキャロル自身も同じ事を述べている。この偏った情報の原因は1冊の邦訳書「A・O・スペアの魔術」のせいだと私は思う。
まず著作内で誰でも簡単に「個人願望を印形化」するだけの話を長々と書いているが、この本以外、どの著者もそんなことを長々と書いていない。ましてやマイヤーのほぼ同期は彼の本を批判している。「嘆かわしいことに黒魔術的な印ばかり作成する実践者が多いが印形魔術とは本来それだけではない。」(レイ・シャーウィン)業を煮やしたのかハインも同じ事を述べてる。「妖術で変更できるものに何故ソウル言語を使うのか?」元々印形というのは「その観念の象徴であって」魂のサーキット標識だという事を私達は忘れている。確かに欲望はその「象徴」なのだろうが何故、そのエンチャントメントしか出来ないのか?ただのマンネリ化にしかすぎない。例えば物神。別に造型でなくても「絵心のある人ならば」絵で十分であろう。私は絵心がないので造型としている。A4サイズの物神を任務に併せて携帯するのは荷物の重さで言えば軽い。
Wolfia 013の魔術信念の構成とその欲望の象形文字、宇宙の構造について論考し後続の為の血路を開いていこうと思う。サンプルとし他の構造を掲載する事で「如何にその魔術師がパーソナルコスモロジー」を獲得しているか明らかになるだろう。最初に論考すべき信念は「魔術の実践」でありいわばその魔術師のインディヴィジュアルを解明する。

秘儀参入者―Wさんの魔術的活動をする。
私のまじゅつてきかつどうをする。
という象徴である。(写2がwolfia.写1が私)

<魔術的活動の象徴性>困らないためにする事と、修行と共に毎日している事。儀式。願望をかなえるもの。呪いとかは考えたことが無い。やりだしたら終わらないと気が落ち着かない。やりたくなるものもあるし。
{これがwolfiaの「魔術的活動の象徴の意味」}

<魔術的活動の象徴性>直接的に操作し現実を再構成する、または脳の考えうる認識と情報と経験と現実だと経験する意識の全てを変更し心を再構成する快楽、喜び、笑い、力を私に与える行動。それは5つ以上の技法を持ち8つ以上の性質を扱う技術である。
{これが私の「魔術的活動の象徴の意味」}

見解も異なるし考え方も持ったく違うが「魔術的活動をする」と言うたった1つの御題なはずで、ここに知識量は存在しない。象徴なのだから「意味がきまっている」訳でWolfiaが後々偉大な経験をしたならばサーキットは新しいサーキットを生み出すはず。この課題として当然ながら両名の「魔術的活動とは何か?」で語られた全ての単語が印形化されるはずである。例えばWolfiaの象徴の意味の1節「願望をかなえるもの」というソウルのリアライズは彼女のエンチャントや喚起魔術に必ずや組みこまれるだろう象徴であり仮に「願望をかなえる」+「狐」「の」「先祖返り」という4つの印形が護符にかかれる場合、彼女の願望をかなえることが「魔術的活動をする」ことなのだからユニバースは彼女にとってとても柔らかく手に取り扱い加工できるはずだし、「やりたくないもの」という印形が儀式中に視覚化されたならば、彼女の拒絶する不幸や悲しさ、また成功しないという矛盾点は無い。

私の場合は、脳、心、意識、現実、変更。単語単語を組みかえればどうとでもなるようなものでしかない。仮に私が「脳の」「性質」を「再構成する」「操作」を行うなら魔術的活動の象徴だけに集中すればいいはずだ。効果が無いというものはない。何故なら魔術的活動という象徴範囲内での計測と結果でしかない。

当然ここで私はWolfiaに意味を押し付けていないし、Wolfiaも意味を私には押し付けない。恐らくこの紙面上で初めて解る事で、それまで私の魔術的活動のリアルと彼女の魔術活動のリアルには、「魔術的活動をする」という同じ象徴であるにもかかわらず異なる働きをしているはずである。同じ「魔術的活動をする」という象徴なのだから、もしWolfiaがこの紙面を読んだからといって私の印を活性化出来るのだろうか?これは私にも同じ事が言える。そもそも人間の、「目で見える範囲と口で話せる事と耳で聞いて情報として処理出来る」事は実際の姿の数%だと思う。仮に私が「あの空のなんと美しいことか」と述べても
夕暮れのことを指しているとしても同じ美しさを「共有」する事は5織の範囲でしかもほんの少しである。魔術的経験総数(カルマ)とは我執により相当数がジャンクとして扱われている故に「空の美しさ」等、万人が「わーほんとだ綺麗」といっても同じ綺麗さを感覚と感情としては「共有」するのだろうが他は共有できない。ここにオクトラマトンのドライブのシステムがある。Moondropのオクトラマトンは私のオクトラマトンより優れている、それが私が、感覚と感情と言う「言語にして説明することが難しい」範囲での展開に対して、彼女は「識」と言う理解しやすい構造-リアライズされカルマとなったドライブの範囲で展開している。
インディヴィジュアルを並列とし集団で扱う儀式を構築する場合、必ずその象徴の定義が必須となる。AOスペアは12星座の印形を作成している(それをステファニーとケネスに説明している)単純明快に混沌の騎士団の紋章は混沌の騎士団の象徴なのだから相当広い意味を持ちその象徴に存在するイデアマターは、100年後も存在するだろう創造の結果を持っているはずだ。

話は変わるが、ダキニ天RMXをやたらめったらご利用していただいているが、そもそもプロ大家である恵女史にしろ雅女史にしろ、仮に死ぬとき人間が死の体験をしている(脳にはセロトニンが過剰放出されニューロンのバイブレーションによりアセルリコチンが増加その結果―三途の川なれ城壁が見えるという白昼夢を脳は経験する)この時、この2名の大家が見る死の経験とは「生きたまま、(ご臨終の瀬戸際あたり)ダキニ天尊に手足を引きちぎられ生きたままむさぼられるという恐ろしい夢を見たまま永眠しつづけるだろう。私は死んだことが無いのでわからないが主に人間の死の経験は恐怖か安息かという脳神経学の話なら沢山のサンプルを観た。結論として恐怖(地獄に落ちる等の)の経験をし心拍数が高い場合苦痛もさることながら血中には大量のセロトニンとアセルリコチンが高濃度にあったし、逆に穏やかに行く人はドーパミンが高濃度とセロトニンが高濃度に存在していた。
RMXではこのようなプロ志向を全部削除しているので「刃心月華やWolfiaやGadiniaの経験」とは全く別の象徴となっていることに注目して利用してほしい。最大の問題点は、この3名がダキニ天という印形を作った時と、他の人がダキニ天という印形を作った時「魔術的活動をする」と同じような相違点とズレが存在する。同じ存在なはずなのだが。このヒロイン達のユニバースというのもまた各々が異なるディメンションにあるわけだが、RMXではない物はソウルを並列につなぎ1名が経験したカルマを経験者が共有できるように設計したその並列が同じ経験情報を象徴化にストックできるように形成してある。故に1年に1回でもやればいいはずだと思う。1つのサーキットに1つの伝達以上を行える象徴というのは「魔術的行動の核」でありそれは「ウィルスではなく」もしかしたら集合的無意識(インナーユニバース)という大宇宙に同じルミネート(光源)を据え置きにする方法なのかもしれず、スペアはそれを「信念」というが英語のBelifeは「信仰」であるということを私達は何故か忘れがちである。勿論ナイアラートホテップ信念というものもそれは偉大な信仰である。

話がそれてしまったが次回は接続的な象徴を述べていこうとおもう。